【爆走迷走録・走(爆走迷走は加速する)】

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チェリーに深く嵌っていると気付いた時にはもうすでにフィリピンパブ出撃頻度が最高潮に達していた。有頂天、懐疑、激怒、疲弊が目まぐるしく入れ代わる葛藤の日々が続いた。平日は終電で帰宅し、チェリーと電話やメールのやり取りの後に就寝、早朝5時に電話で起こされ仕事終わりのチェリーとフィリピン料理レストランやファミリーレストランで密会するということが日常茶飯事だった。また、小生の仕事帰りにチェリーのフィリピンパブに行くこともあったし、密かに新たなフィリピンパブを新規開拓することもあった。2005年8月は10回の出撃で計19万円の戦費、9月は7回の出撃で計11万円の戦費、10月は10回の出撃で計18万の戦費、11月は6回の出撃で計10万円の戦費。わずか4カ月で60万円ほどの浪費になっていた。

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【爆走迷走録・彩(1年間に6回通ったサイパンの最終章)】

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2005年11月中旬、前回のサイパン渡航から1カ月も経過していなかったが、小生はサイパン行きの機上の人となっていた。クリスティはすでにサイパンからフィリピンの故郷パンガシナン州ダグーパン(Dagupan)へ帰国していたものの、小生が友人ら2人を誘って数ヶ月前に予約していたサイパン旅行の日を向かえサイパンへ飛んでいた。この年、小生は6回目のサイパン渡航だった。

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【爆走迷走録・華(クリスティとフィリピンパブはサイパンの華)】

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チェリーはフィリピンにいたときはバンドのシンガーをやっていたようで、歌の上手いフィリピーナたちの中でも彼女の歌は特に上手かった。そんなチェリーはフィリピンパブのショータイムでシンガーとしてステージで歌を披露していた。小生がフィリピンパブに通うようになった2005年はフィリピン人への興行ビザ発給が急に厳しくなり、最後のタレントたちが来日していた時期だった。それまで大挙として来日していたフィリピン人が、アメリカ様の指摘のせいで情けない日本政府が手のひらを返して興行ビザの発給を絞ってしまった頃だ。日本のフィリピンパブが衰退を始める時代の直前だったため、小生の住む歓楽街もフィリピンパブ群雄割拠の様相だった。数え切れないほどのフィリピンパブが乱立していた。

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【爆走迷走録・祭(脳内フィリピン祭りは過熱し続ける)】

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チェリーと恋人の関係になって2~3週間後の2005年7月某日、小生が恋仲にどっぷり嵌ったのを十分に確認してから、ベッドで抱き合っていた彼女が真面目な顔をして告白した。「フィリピンに子供がいるの。」3歳になる男の子がいると言う。「子供がいるのが嫌なら別れても良い。でも、私を愛するように子供のことも愛して欲しい。」父親になったことのない小生に、ましてや会ったこともない子供を愛することなんて無理だ。「それじゃあ、子供がいるのは嫌だから別れよう」と言えるはずがないことをチェリーは見抜いていた。なにより小生の心はもうチェリーにしっかり捕まれていた。今から思えばその時別れるなんて許されるはずもなかったろう。こうしてチェリーとの関係は続き、より深い愛憎の沼地を進むことになった。

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【爆走迷走録・深(深淵の迷宮フィリピンパブに迷い込む)】

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階段を上がり『MICRONESIA(ミクロネシア)』に入店すると『BODY MOTION(ボディーモーション)』とは比べ物にならないほど広く、薄暗い空間の中にソファー席とテーブルがたくさん配置されており、数組の客がすでにフィリピーナを傍につけて飲んでいる様子が見えた。正直『BODY MOTION(ボディーモーション)』は娘の人数が少なくミヤ以外相手にしたい娘はいなかったが、『MICRONESIA(ミクロネシア)』は違った。フィリピーナの数が多く十数人はいたし、みな若くて色々なタイプの娘が在籍していて容姿のレベルも高かった。小生は自らの冒険心に従って、新たなバーを開拓したことを早くも喜んだ。

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【爆走迷走録・落(サイパンで人間不信という奈落を見る)】

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サイパンで出会ったフィリピーナのミヤのかける魔法は強力で小生の脳ミソはアドレナリンに溺れたままだった。日本に帰国してからもサイパンにいるミヤとSMSや国際電話で連絡を取っていた。2005年1月に続き、3月に小生は一人で再度サイパンへ飛び立った。もちろんミヤに会うためだ。小生の手にはミヤが欲しいと言っていた新品のCDラジカセが入った箱があった。『BODY MOTION(ボディーモーション)』の営業開始の夜まではまだ時間がある。小生はミヤと待ち合わせし、無事に再会を果たした。一緒に食事をし土産を手渡し、夜はもちろんミヤが働く『BODY MOTION(ボディーモーション)』に行った。再会の喜びで心が躍った。が、幸せなのは初日だけだった。

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【爆走迷走録・変(サイパンで急性P型脳炎に患い小生の暴走が始まった)】

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2003年10月のシンガポール旅行を終えた10日後、リンガの疼く小生は吉原にいた。吉原のソープランド「ショコラ」で80分30,000円の対戦に臨んだ。その後も二、三度ほど国内のソープランドなどの対戦に赴いてみたが、通うほど嵌るには至らなかった。2004年の2月に友人らとグアム旅行に出かけるがストリップバーを嗜む程度の健全な旅となった。同じく2月には日本人女性と付き合うことになり、同年10月にその彼女とバリ島へ旅行するほどの平穏な時間が流れていた。ただし、その平穏な時間も2005年1月にサイパンを訪れることで終わりを迎えた。

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【爆走迷走録・転(シンガポール・ゲイランでの奮闘)】

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2003年10月、韓国での初対戦の翌月、小生は休暇を取って1週間のシンガポール旅行に来ていた。知り合いのシンガポール人に会ったり観光するつもりだ。しかし、目的はそれだけではなかった。チャンギ空港へ深夜に到着しホテルにチェックインした、その翌日さっそく小生はゲイランに訪れた。まだ午後の早い時間で陽射しは強烈である。汗をかきながらアルジュニード駅から赤線地帯まで歩き、目的の政府公認の番号置屋群を発見した。

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【爆走迷走録・序(韓国スウォンでのホテトルと初めの一歩)】

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「サランヘヨ、サランヘヨ」と女に囁きながら緊張気味に対戦していた。小生の初風俗は日本ではなく韓国の水原(Suwon・スウォン)だった。小生は2度目となる韓国出張で毎日、夜遅くまで必至に働いていた。10日間と限られた時間で出張の目的を達成するためだった。宿泊先のソウルのホテルから毎朝バスで1時間ほどかけてスウォンにあるサムスン電子の超巨大な水原工場に通い、深夜に同じくバスでソウルに戻る日々だ。

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