【小生らしくド真剣に生きるためタイへ行く】

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座っているのも難しいほど激しく揺れ始める。恐怖で鼓動が早まる。高層ビルの26階という地上から遠く離れた場所で、人間はなすすべもなく揺さぶられる。これ以上揺れたらもうビルが倒壊する。止まってくれと祈ることしか出来ない。長い揺れがようやく収まった。ホッとしたところで大きな揺れがまたやってきた。とにかく人間は無力だった。ビルの中で激しく揺さぶられるしかなかった。

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夕方、職場を出て遠い自宅へ歩いて向かう時もまだタイへ渡航できると思っていた。タイへの出発まで12時間を切っていた。電車は運転を見合わせていたが、そのうち復旧し空港も通常営業すると思っていた。しかし、歩きならワンセグを聞き被害の甚大さを知るにつれて、渡航は無理だということが分かってきた。4時間かけて徒歩で自宅に到着した。JRや大多数の私鉄は終日の運休が決まっていた。道はどこも渋滞していた。そして、その夜JALから欠航を知らせるメールが届いた。

地震の多い日本、地震は慣れてるつもりだったが、3・11の地震は初めて心底恐ろしいと思った。大きい余震が起きるたびに、あの時の否応なく死を意識させる恐怖が蘇ってくる。死を意識して、何気ない一日一日が非常に大事であると理解した。明日終焉するかもしれない人生である。毎日毎日をド真剣に生き、限られた人生を全身全霊をかけて楽しむ義務を果たさないといけない。

JALの特別処置で大震災で欠航した便は手数料無料で返金することができた。が、購入していたスラタニー行き国内線の往復と、ホテル2泊分は無駄になった。それでも、自分の人生に誠実でいるため2週間ずらしてタイ行きを決行することにした。実は、スラタニーへ行くことをBちゃんに告げた後は頻繁に話すことが出来、会う場所の指定まであり本当に会えそうな感触まで得られていたのである。そこで、2週間後の訪タイはスラタニーに絞ることにした。

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バンコクのスワンナプーム空港とスラタニー(Surat Thani)を結ぶ便は、7:00発と14:20発のAir Asiaの2便と、9:50発のタイ国際航空の1便、合計3便があった。フライトは1時間15分。小生は3/25の早朝6:20にスワンナプーム空港に着くJAL便だったため、乗り継ぎ時間を考え、タイ国際航空の9:50発の便を予約した。そして、帰国は3/27の22:35にスワンナプームを出発する便なので、Air Asiaのスラタニー16:05発を予約した。つまり、旅のほとんどはスラタニー滞在に割り当てる予定である。

それから、連日のようにBちゃんと連絡を取った。2月頃が嘘のようにBちゃんと連絡が取れるようになっていた。また、以前は何を言っているのか全然分からなかったが、徐々に少しだけ会話が成立するようになってきた。出発まで一週間を切るとBちゃんから熱烈な言葉が飛び出してきたり、朝昼晩と関係なく激しく着信があって、逆にこっちが電話に出れないことが多く、これまでと一変、攻守が逆転している状況となった。出発が近づくにつれ、Bちゃんとの再会が楽しみでもあるし、激しく嵌ってしまわないか心配でもあった。そして、出発の日がやってきた。

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