【2011年7月マニラ旅、編集後記】

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7泊8日の旅で両替した金額は5万円だったが、5000ペソ強が残ったためJちゃんに手渡した。その他、ホテル代が4万円強、チャイナエアラインの成田発台北経由マニラ行きは5万円強。従って、旅の総額は14万円ほどだった。ブルゴス通り周辺には両替屋がたくさんあり、レートを聞いて回ったが空港の両替屋と大差がなく、この界隈にはレートの良い両替屋はないように思った。

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マニラ空港T1両替屋:5320×1万円= 5320ペソ
ブルゴス近辺の両替屋:5310×2万円=10620ペソ
ブルゴス近辺の両替屋:5300×2万円=10600ペソ

渡比の1週間前、Jちゃんよりフィリピンに来たら両親と兄弟姉妹に紹介したいと言われていた。そろそろJちゃんからそう言われると思っていた小生は「家族に会うなら、家に行ってみたい」と彼女に伝えた。しかし「家はとても小さくて恥ずかしいから会うのは別の場所がいい。それに治安も良くないし。」と彼女。たしかに彼女の住んでいるトンド地区はマニラでも有名な貧困地区で、ホールドアップ程度は日常茶飯事だというから治安は悪い。彼女の家族に会う心積もりをして小生はフィリピンに訪れたが、結局その機会はなかった。不確実なところがフィリピンらしいといえば、そうかもしれない。むしろJちゃんの話題にいつもあがる彼女の妹たちに小生が会いたかったぐらいだった。

マニラ滞在中の1週間、小生はJちゃんとの愛欲に溺れた。徹底的に溺れることで清められた小生は、帰国後2週間ほどはまったく性欲がなかった。5月、6月に続いて7月にJちゃんと会ったのは3回目、しかも一週間ずっと一緒に過ごした。彼女はよく頭痛に悩まされているようだった。また、まだ遠慮しているところがあるのだろうが、彼女は細かいことに拘らず我がままを言うこともなかった。小生は一緒にいればいるほど彼女に深くのめり込んでいった。帰国してからもJちゃんの熱に脳ミソが支配されていた。Jちゃんと一緒に住んだらどうなるのか?Jちゃんと結婚したらどうなるのか?などとばかり妄想するようになっていた。

小生が帰国した1週間後、Jちゃんは家にいても寂しいし、暇をもてあそぶからとの理由で働き始めた。近所の工場のようなところで、とにかく忙しく朝から夜遅くまで働きづめのようだった。彼女は疲れきっていたが、それでも毎日のメールは欠かさず届いた。あるときは「付き合い始めて3ヶ月経ったけど、今後の二人のプランはどうする?」などと計画という言葉が辞書にないピーナちゃんにそんなことを聞かれて、答えに窮したこともあった。

そして、小生が最も気になっていた妊娠については、帰国してから10日後にJちゃんから「生理があった。とても残念。」との知らせがあった。やはり彼女は確信犯で、ベイビーが欲しかったようだ。付き合って3ヶ月と間もないしまだ妊娠は早いという小生の言葉に彼女は同調する振りをしていただけだったし、小生の常識は通用しないようだった。

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