【爆走迷走録・走(爆走迷走は加速する)】

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チェリーに深く嵌っていると気付いた時にはもうすでにフィリピンパブ出撃頻度が最高潮に達していた。有頂天、懐疑、激怒、疲弊が目まぐるしく入れ代わる葛藤の日々が続いた。平日は終電で帰宅し、チェリーと電話やメールのやり取りの後に就寝、早朝5時に電話で起こされ仕事終わりのチェリーとフィリピン料理レストランやファミリーレストランで密会するということが日常茶飯事だった。また、小生の仕事帰りにチェリーのフィリピンパブに行くこともあったし、密かに新たなフィリピンパブを新規開拓することもあった。2005年8月は10回の出撃で計19万円の戦費、9月は7回の出撃で計11万円の戦費、10月は10回の出撃で計18万の戦費、11月は6回の出撃で計10万円の戦費。わずか4カ月で60万円ほどの浪費になっていた。

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「お金がないからもうフィリピンパブには行けない」とチェリーに伝えて彼女が分かったと答えても、その言葉の効力はほんの2~3日だけだった。効力が失われると毎日のようにお店に来て欲しいと甘く囁いてきたり、今月の売上げが少ないと私はフィリピンに帰されると社長に言わされているセリフを何度も伝えてきたり、小生はチェリーからの誘いを断るたびにココロに足枷のようなものが繋がれていくように感じた。足枷が重くなっていきココロが辛くなってくると解放されたいがためにチェリーのいるフィリピンパブへ向かった。仕事のストレスを発散するためにフィリピンパブに行くのではなく、小生がフィリピンパブに行く原因はフィリピンパブによるココロの負荷から解放されたいためだった。初めてフィリピンパブの扉を開けたとき、その動機はかわいいフィリピーナと楽しくお酒を飲んで出来れば仲良くなりたいと極めて軽くて前向きなものだったが、ほんの1カ月が経つとそのフィリピンパブが負担になり、チェリーからは「私のことを愛すように私の子供を愛して」と重い期待が小生を押し潰そうとしていた。遊びのはずがどこで道に迷ったのか随分、迷宮の奥深くまで入り込んでいた。

チェリーに嵌っていた小生だったが、どこまでいっても彼女のことを信じきることができなかった。その不信感が元で何度も彼女と喧嘩した。初めて出会ったフィリピーナのミヤに人間不信を味わった小生は、後遺症が残っていてチェリーの小さな嘘が許容できなかった。チェリーとは喧嘩をして別れを切り出し有耶無耶のうちに元鞘に戻る、を何度も繰り返した。

2005年7月に来日したチェリーはビザの6カ月間の残りが徐々に少なくなっていた。来日のビザ発給が急に厳格化され、一度フィリピンに帰国すると日本に戻ってこられない可能性が高かったがチェリーはフィリピンに帰国すると言う。日本での生活に疲れたこととフィリピンに子供を残しているためだろうと思った。12月はボーナスが支給されるとあり気が大きくなった小生は精力的にフィリピンパブを開拓していった。そんな中で出会った天使がいた。迫ってくるチェリーのサヨナラと入れ違うかのように出会った天使ちゃんと急速に距離が接近していった。

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2006年1月、フィリピンに帰国するかどうか最後まで悩んでいたチェリーだったが、結局フィリピンに帰った。1カ月ほどはほぼ毎日、チェリーと国際電話で連絡を取っていたが徐々に疎遠となった。天使ちゃんの魅力は小生の心と理性を完璧に掌握し、チェリーへの気持ちも完全に駆逐された。

チェリーに代わって今度は天使ちゃんのためフィリピンパブに通う日々は続いた。2005年12月は11回の出撃で18万円の戦費、1月は6回の出撃で11万円の戦費、2月は5回の出撃で9万円の戦費、3月は5回の出撃で10万円の戦費、4月は8回の出撃で15万円の戦費、5月は8回の出撃で14万円の戦費、6月は5回の出撃で8万円の戦費。初めて国内のフィリピンパブの扉を開けてから浪費は合計で150万円を超えていた。その頃になると小生は日々の学習と実践のお陰で簡単なタガログ語の会話は理解するようになり、フィリピンとフィリピンパブの造詣も深くなっていた。

また、2006年4月に念願の渡比が実現し、ミンダナオ島にある天使ちゃんの実家に一人で突撃訪問する暴挙も遂行した。その後、小生の爆走迷走は加速し、天使ちゃんのプロモータからのラナウェイ、オーバーステイによる隠密生活、地方都市への逃亡と出稼ぎ生活、小生の両親からの勘当宣告、天使ちゃんとの国際結婚、と破天荒な道を進むことになる。(おわり)

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