【ミャンマー娘Iちゃんの実家訪問とゴールデンロック観光!】

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2016/11/04
二人とも朝の7時前に起きて慌てて仕度をした。朝のビュッフェで軽く食べて1階に下りるとホテル前にタクシーが止まっている。「今日貸切ったのはこのぼろいタクシーじゃないよな?」と思っていたら、まさにそのタクシーだった。よく見ると昨日遊園地からホテルに戻るときに乗ったタクシーだ。Iちゃんは遊園地からホテルへ戻る最中に今日の貸し切りを交渉したようだった。7時半ごろにホテルを出発。「ユザナプラザ」近くで映画館の前を通った時に、「明日一緒に映画を見ようか?」と誘った。以前何度か一緒に映画を見ようと話していたためだった。「ミャンマー語が分からないでしょ?」と彼女は言うがまんざらでもないような表情だ。

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途中、ガソリンスタンドで給油する際にドライバーに手持ちが無いようで、前払いで15000チャットを支払った。なお、帰り道でのドライバーへの支払いは45000チャットなのでタクシー代は合計で60000チャット(約5,450円)だった。大通りをずっと走るのかと思いきや、細かい道をやたら左折右折しながら走っている。1時間ほどでヤンゴン郊外にある巨大な仏像が鎮座する寺院に到着。ここに向かっていたせいで細い道を走っていたようだ。参拝してお祈りをして巨大の仏像と寺院を見て回った。巨大仏像の周り独居房のような個室が回廊のように並んでいる。どうやら坊さんたちがその小さな個室に住んでいるようだ。

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(ヤンゴン郊外の巨大な仏像のある寺院)

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(仏像を取り囲むように一人用の個室が並んでいた)

寺院を出発し道路を走っているとゲートが度々あり、日本円にして数十円ほどその都度徴収されていく。ゲートを出ると銀の椀を持った人たちが待っていて、タクシーのドライバーはよく200チャット札(約18円)などを椀に入れたりしている。喜捨というやつなのか。途中で結婚式の行列に遭遇して、ここでも銀の椀に小額紙幣を入れていた。その後はバゴーに向けて、ヤンゴン・マンダレー・ハイウェイをひた走った。バゴー郊外にある大きな仏塔でタクシーが止まった。二人で仏塔を参拝して見て回った。バゴーに向かう道中でゴールデンロックとして有名なチャイティーヨーに行こうかという話しになり小生はすぐに快諾した。

バゴーの市街地を抜けてさらに郊外を走り、彼女の実家を目指しているようだった。地平線まで見渡せる大自然が美しい。こんなところで彼女が育ったのかと知れただけでもここまで来た甲斐があったと思った。幹線道路沿いにある小さな集落で小道に入った。舗装されていない赤土の小道を進み、途中からは車で進めなくなったので歩いて彼女の実家に向かった。彼女と小生とドライバーの3人でのどかな田舎の小道を歩く。Iちゃんによると、昼食は彼女の実家で食べると言う。小道の両側には木造の簡素な家が点在していた。

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(Iちゃんの実家周辺はのどかな自然しかない)

3分ほど歩いたところで、一つの高床式の木造家屋に案内された。彼女の実家だと言う。時刻は11時ごろ。家の前で小学生高学年ほどの女の子と低学年ほどの女の子が遊んでいる。彼女の妹たちだった。靴を脱いで階段を登り、高床式の家にお邪魔した。中年女性が3人ほどいて誰が誰だか分からない。きっとこのうちの一人がIちゃんの母親だろう。テーブルの席に座るように勧められ、冷蔵庫からコーラとエナジードリンクを出して、勧めてくれた。若い青年もいた。彼女に聞いたら一つ年下、つまり18歳の弟だと言う。働きもしないで家にいるだけでノーグッドと言っている。それでも、母親に見つからないよう彼女が弟に小遣いをあげてるのを見かけた。なんとも微笑ましい。彼女の優しさや長女の責任感を見たような気がした。昼食の準備はすでに終わっていたようで、おかずが次々とテーブルに運ばれる。7品ものおかずが並んだ。すごい。母親たちが豪勢な昼食を用意してくれたことに恐縮した。これほどおかずが並ぶのは普通はないことだろうと思った。その証拠にドライバーは7品のおかずを見て、驚いたような顔をしていた。山盛りのご飯を渡される。彼女は自宅だけに楽な服装に着替えて現れた。彼女もテーブルにやって来て手で食事を始めた。海老のカレー、豚肉のカレー、チキンのカレー、青物ときのこの炒め物。どれも驚くほど美味い!!!なぜだろう?ヤンゴンで食べた食事とはまるで違う。新鮮な素材だからだろうか。家庭料理だからだろうか。どれを食べても素晴らしい。豚肉のカレーも臭みが全くなく脂身もおいしく食べれる。しかし、みんなに見守られながらの食事で少々食べにくい。勧められるままにご飯のお代わりもして、腹がはちきれんばかりに食べた。父親のことを聞くと、仕事をしていて小生が実家に来ていることは内緒だと言う。満腹になり母親たちにお礼を言って1時間ほどの実家滞在を終えた。

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実家から東に向かってチャイティーヨーを目指す。ヤンゴンを離れてミャンマーの田舎を走っていると至るところに大小さまざまな仏塔が現れては消えた。小生にとっては仏塔と言えばヤンゴンのスーレーパゴダやシェダゴンパゴダしか思い浮かばないが、ちょっとした村落に仏塔が幾つもあったかと思えば、辺鄙な田舎なのに巨大な仏塔が現れたり、ミャンマー人にとって非常に身近なもののようだ。ミャンマーは仏塔の国だと思った。地平線まで見える壮大な風景の中に数々の仏塔が流れていく様子は見とれるほど美しい。

Iちゃんの実家から1時間ほどでゴールデンロックのあるチャイティーヨーの麓に到着。タクシーなどの一般車両が入れるのはここまでで、専用の車両に乗り換えてゴールデンロックのある山頂に向かうらしい。タクシーを駐車して、3人で専用の車両乗り場へ。トラックの荷台を改造して座席を付けた車両がたくさん並んでいた。座席の前後の間隔は非常に狭く、LCCの座席間隔の比じゃない。小生の膝が前に座るお姉さんのお尻に当たっている。しかもぎゅうぎゅうに積めて座らされる。まるで荷物のように隙間なく人でトラックの荷台が埋まっていく。

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(チャイティーヨーの麓のトラック荷台改造車乗り場)

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(前後左右隙間のない満員電車状態となったら出発)

満席になるまで待たされ、人が満載になったところで出発。嘘みたいな急傾斜だったり左右のヘアピンカーブの道を荒々しい運転で進む。常識はずれな道に乗り心地など考えない運転で、乗客はみんな体が左右上下に激しく揺さぶられる。チャイティーヨーに行くまでの道のりが一番のアトラクションで面白い体験のように思った。途中で運賃の回収があった。途中から交互の一方通行の道になって更に上り坂の勾配がすごいことに。これは登れないだろうと思う急な坂をトラックの強力なエンジンで強引に登っていく。徐々に高度が上がって山岳地帯のパノラマ風景が時折視界に飛び込んでくる。麓から45分ほどかけて、ようやく頂上に到着。ここから歩いてゴールデンロックに向かうらしい。

Myanmar Golden Rock

(ゴールデンロックに向かう参道の途中)

たくさんの参拝客と同じように小生らもゴールデンロックのパゴダを目指す。パゴダに通じる参道の両側には土産屋やレストランやホテルがずっと軒を連ねている。途中で草履や靴を脱ぐ必要があり、そこから裸足で向かう。しばらく歩いてようやく遠くに黄金の岩とその上に立つパゴダが見えた。後から気付いたが外国人観光客は別途、入場料を払う必要があったようで、外国人は首から許可証をかけている。小生は二人のミャンマー人と一緒だったからチェックポイントで外国人とは見られなかったようだ。一頻り見て回って写真を撮りまくった。ゴールデンロックに金箔を貼ることができるようだが女性は禁止されているようで、彼女に待ってもらい小生とドライバーで岩の傍へ近づき、購入した金箔を一枚一枚貼り付けた。

Myanmar Golden Rock

(遠くにゴールデンロックとパゴダが見えてきた)

Myanmar Golden Rock

(落ちそうで落ちないゴールデンロック)

Myanmar Golden Rock

(周囲は山に囲まれた絶景が広がる)

また、トラック荷台に乗って麓に戻った。タクシーに乗って出発。幹線道路を走っていると道端の簡易販売所に立ち寄って、彼女は巨大な柑橘系フルーツを買っている。聞けばザボンらしい。小生の知るザボンよりずっと大きい気がした。ヤンゴンに戻る途中のバゴーの街中でビールを飲もうという話になった。バゴーに到着し市街地にある巨大パゴダに寄ったが、外国人は入れないと言われ断念した。外国人が入れない時間帯だったのだろうか。バゴーの居酒屋でドライバーを含めた三人でビールを飲むことに。彼女も少しというのでビールを少しだけついであげた。彼女は飲んでいるが不味そうな顔をしている。小生も二十歳のころビールなんて苦くて不味かった。19歳の彼女も不味くて当然だが頑張って飲んでいる様子が健気でかわいい。ドライバーは23歳で、中国で3年間働いていたらしく中国語が話せると言う。ビールのつまみに串焼きの具材を指さししながら選んだ。ミャンマーのオクラは巨大で、このオクラの串焼きが美味しかった。あとは豚肉の串焼きやレバーの串焼きやヤキソバなどを食べながら飲んだ。バゴーからヤンゴンにタクシーを走らせ結局ホテルに着いたのは21時ごろだった。部屋に戻ってIちゃんと体を重ねて生中で果てた。

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(道端の簡易販売所で売っていたザボン)

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